狛姓 上氏(分家)

上氏は一条天皇の寛弘7年(1010)に「左方一者いちのもの」に仰せつけられた狛光高(959〜1048)を楽祖と仰ぐ南都方楽人2姓7氏の嫡流即ち本家筋の家柄である。
- 略 -
22代近周(1741〜1815)は奥好葛の子で上氏を継ぎ、その末男近済(1795〜1861)は分家して上氏は二流となり、嫡流25代の真淳さねきよ(1908〜1943)の病没にて嫡家の楽統は絶へ、分家の4代近正(1921〜)が楽業を継いでいる。

-『雅楽通解 楽史編 』-芝祐秦-


うえちかなり/ちかすえ
●上近済/近季
(元:近英ちかひで・改:近保ちかやす・改:近季ちかすえ・改:近済)
 生歿:1795〜1861 (66)
(寛政7年5月25日〜文久元年)
 実父:上近周(三男)
 実母:
 実子:

   1806(文化3年11月26日)
    正六位下・左近衛将曹
   1814(文化11年12月2日)
    従五位下
   1822(文政5年8月28日)
    従五位上
   1830(天保元年4月8日)
    正五位下
   1835(天保6年3月8日)
    左近衛将監(兼任)
   1840(天保11年5月19日)
    改:近済
   1840(天保11年6月5日)
    従四位下・信濃守
   1850(嘉永3年1月17日)
    従四位上




 うえちかあや
●上近礼

 生歿:1852〜1939 (87)
(嘉永5年〜昭和14年11月25日)
 実父:薗広邑
 養父:上近季(近済)
 実母:
 実子:上近勇
 楽器:笛・バスクラリネット

   1870(明治3年)
    伶員
   1874(明治7年)
    中等伶員
   1875(明治8年)
    東上・権少伶人
   1878(明治11年)
    一等伶員
   1880(明治13年)
    六等伶人
   1888(明治21年)
    伶人
   1903(明治36年)
    雅楽師
   1907(明治40年)
    楽師
   1921(大正10年)
    退官




●上近勇

 生歿:1884〜1939 (55)
(明治17年〜昭和14年6月3日※11)
 実父:上近礼(長男)
 実母:
 実子:上近隆
    上近正
    上近美(他道)
    上近延(他道)

   1898(明治26年)
    雅楽生
   1904(明治37年)
    退官



 うえちかたか
●上近隆

 生歿:1919〜? ()
(大正8年3月17日※10〜?)
 実父:上近勇(長男)
 実母:
 実子:
 楽器:笛・コントラバス

   1938(昭和13年)
    楽師
   1943(昭和18年)
    退官



 うえちかまさ
●上近正

 生歿:1921〜 
(大正10年11月17日※10〜)
 実父:上近勇(次男)
 実母:
 実子:
 養子:上明彦
 楽器:笛・コントラバス

   1940(昭和15年)
    楽師
   1972(昭和47年)
    楽長補
   1980(昭和55年)
    楽長
   1983(平成元年)
    主席楽長
   1995(平成7年)
    退官



 うえあきひこ
●上明彦

 生歿:1941〜
(昭和16年〜)
 実父:得能氏 ※11
 養父:上近正
 実母:
 実子:

   1955(昭和30年4月)
    予科生
   1957(昭和32年)
    楽生
   1964(昭和39年)※11
    楽師



 うえけんじ
●上研司

 生歿:1962〜
(昭和37年〜)
 実父:上近美
 実母:
 実子:

   1985(昭和60年)※11
    楽師
   2007(平成19年)
    楽長補




注)
人名のよみは、平出久雄編「日本相承系譜」『日本音楽大事典』(平凡社)にしたがった。
官歴・経歴は、近世以前は「地下家伝」『群書類従』を、近代以降は、塚原康子『「明治国家と雅楽』(有志舎)の付表を参考とした。また他の文献に、追加や補足等がある場合はそれらを参考とし、その都度注釈を添えた。

※11...(「雅楽辞典」小野亮哉監修)より。