太秦姓 岡氏(第二分家)
●岡光昌
(元:時叙・昌行)
生歿:1748〜1784 (37)
(延享5年5月13日〜天明4年3月22日)※1
実父:岡昌春(三男)
義父:豊原時習(養子縁組後復家)
1758(宝暦8年3月6日)
正六位下・左兵衛大志
1766(明和3年8月10日)
従五位下・右兵衛少尉
1771(明和8年10月)
復:本姓
1772(明和9年3月18日)
昌行(改名)
1774(安永3年3月23日)
従五位上
1775(安永4年閏12月19日)
左兵衛大尉
1778(安永7年12月22日)
河内守(兼任)
1780(安永9年5月2日)
光昌(改名)
1782(天明2年2月25日)
正五位下
おかともよし
●岡倫美
(元:熾昌ともよし)
生歿:1775〜1821 (47)
(安永4年12月28日〜文政4年7月29日)
実父:
義父:岡光昌(養子縁組)
1785(天明5年3月14日)
正六位下・右兵衛少尉
1793(寛政5年2月19日)
従五位下
1800(寛政12年11月20日)
倫美(改名)
1801(享和元年12月18日)
従五位上
1809(文化6年12月22日)
正五位下
1810(文化7年2月28日)
讃岐守
1819(文政2年12月18日)
従四位下
おかまさおさ
●岡昌長
(元 倫秀もとひで)
生歿:1822〜1887 (66)
(文政5年〜年)
実父:林広倫(次男)
義父:岡倫美(養子縁組)
実子:岡昌次まさつぐ
:岡隆次郎りゅうじろう※2
:岡昌隆
:女子
楽器:笛
1832(天保3年5月20日)
正六位下・左兵衛少尉
1840(天保11年1月22日)
従五位下
1848(弘化5年1月27日)
従五位上
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従四位下・備後守
1870(明治3年)
伶員
1874(明治7年)
上等伶員
1874以降
退官
おかまさつぐ・まさつぎ
●岡昌次
生歿:1845〜1916 (71)
(弘化4年〜大正5年)
実父:岡昌長(長男)
義父:岡昌実(養子縁組)
楽器:笛
1856(安政3年10月27日)
正六位下・上野介
1870(明治3年)
伶員
1874(明治7年)
中東伶員
1876(明治9年)
退官
1885(明治18年)
東上・雅楽生(復職)
1888(明治21年)
退官
おかまさたか
●岡昌隆
生歿:1869〜1921 (53)
(明治2年〜大正10年)
実父:岡昌長
養子:岡正雄(養子縁組)
1885(明治18年)
雅楽生
1888(明治21年)
退官
おかまさお
●岡正雄
生歿:1921〜1995 (74)
(大正10年2月1日〜平成7年)
祖父:岡昌隆
養父:岡昌隆(養子縁組)
実母:岡昌隆女
楽器:笛/ハ゛イオリン
1939(昭和14年)
楽師
1946(昭和21年2月2日)
免官
????
関西交響楽団
(退団後、関西で雅楽普及)
(楽家断絶)
参考文献
注釈)
人名のよみは主に、「日本雅楽相承系譜(楽家編)-平出久雄-」(日本音楽大事典所収)にしたがった。
※1...「地下家伝」より。芝祐泰「雅楽通解-楽史編」には「天明4年3月24日」とある。
※2...「明治国家と雅楽」より。同文献には1885東上とある。