五常楽(ごしょうらく)

調名 舞種 別名 構成
平調 平舞・文舞 - 四楽章

Kooran
Goshoraku Goshoraku_3
Goshoraku Goshoraku_3
Kooran

舞人 装束 曲姿 番舞
四人 蛮絵装束に巻纓・老懸の冠 中曲・新曲 登天楽・地久等


●楽曲の構成

五常楽(ごしょうらく)とは、平調に属する楽曲です。管絃では、雅楽の楽曲の中では越殿楽と並んで演奏されることの多い曲ではないでしょうか。この楽曲にはいくつかの楽章があり、組曲となっています。

第一楽章:五常楽序(ごしょうらくのじょ)
第二楽章:五常楽詠(ごしょうらくのえい)
第三楽章:五常楽破(ごしょうらくのは)
第四楽章:五常楽急(ごしょうらくのきゅう)

上記楽章のうち、「五常楽詠」は舞楽のみで演奏され、また古代には舞人が詠詞を唱えて舞ったとされています。けれども教訓抄には以下の記載があり、五百年前頃には既に舞人による発声は行われていないと推察されます。

詠詞。有ルと雖、詞説多々ニ依リテ、近来之ヲ略ス。
端譜一賦賀弘 二辺

報恩者欲疑上
詠寛宝連疑
師賦賀鴻仁
天寛五常楽

古代中世芸術論「教訓抄 巻第三」-日本思想体系-より


●由来

この楽曲は中国の唐の時代の皇帝、太宗(たいそう)が貞観(627〜649)の末期に作ったと伝えられています。趣のある曲名は、「五常」といわれる仁・義・礼・知・信(人の守るべき道徳)を宮・商・角・微・羽の五音に配したところから、来ているとも伝えられています。

唐太宗廟、貞観末天観初、帝製五常楽曲図ヲ。五常作之。仁義礼智信、謂之五常。常トハ人ノ可常行也。五常ハ即配五音。此曲能備五音之和云々。

古代中世芸術論「教訓抄 巻第三」-日本思想体系-より


教訓抄(狛近真 著)には、五常楽演奏における往時の作法が記載されていますが、現行の演奏では簡略化されています。また五常楽は、序・詠・破・急の楽章全てが、今日まで伝えられています。舞楽では舞人は蛮絵装束に巻纓(けんえい)の冠姿で、4人で舞います。




●往時の演奏作法


序一帖、拍子十六。楽ハ一二返ヲ以ッテ一帖ト為ス 破六帖、拍子十六。急、拍子八。五返シテ之ヲ舞フ。

古代中世芸術論「教訓抄 巻第三」-日本思想体系-より筆者読み下し



序 楽曲一帖、拍子十六也 楽一返拍子八有リ 舞ハ楽二返ヲ以ッテ一帖ト為ス 故ニ拍子総ジテ十六也
詠 楽曲三奏也 初拍子皆七文ヲ当ル 加拍子無也、但し
破 楽曲六帖、拍子各十六也、初五文下八文、終ノ帖諸桴三度拍子之ヲ加ヘル
急 楽曲五帖 舞人楽屋ニ入ルを以ッテ後音ヲ止メル

「楽家録」-日本古典全集-より筆者読下し




●現行の五常楽演奏作法

舞楽 五常楽一具
出時 ひょうじょうのちょうし
○平調調子
(横笛は音取)
舞人は順次登台し、出手を舞う
当曲 ごしょうらくのじょ
○五常楽序
当曲舞
ごしょうらくのえい
○五常楽詠
詠は唱えず、管方は各主管のみ演奏。
ごしょうらくのは
○五常楽破
当曲舞
ごしょうらくのきゅう
○五常楽急
当曲を五帖、舞人は急の四帖半ばより入綾にて順次降台
入時

【入綾】
舞名目。「入合」とも書いた。当曲舞が終わり、さらにその楽曲を奏すると、舞いながら後面向に一列になり順次降台するが、降台する舞人意外は舞いつづける。この作法を入綾という。

(「雅楽辞典」-音楽之友社-)より




管絃 五常楽一具
前奏曲 ひょうじょうのねとり
○平調音取
(琵琶は七撥・箏は爪調)
-
当曲 ごしょうらくのじょ
○五常楽序
序吹・拍子八
当曲 ごしょうらくのは
○五常楽破
延八拍子・拍子十六・末五拍子加
当曲 ごしょうらくのきゅう
○五常楽急
早八拍子・拍子八・末ニ拍子加



雅楽では全ての楽章を一揃えで演奏することを「一具」と言います。五常楽を一具で演奏するとなると長時間となるため、現在では「五常楽急」等、個別の楽章のみで演奏されることが、ほとんどです。

最近では「伶楽舎」によって、2015年12月21日紀尾井ホールにて「舞楽 五常楽一具」が上演されましたが、その際は「詠譜」を芝祐靖氏(伶楽舎音楽監督)が興され、「詠詞」を柴田泰山氏(大正大学特任准教授)が撰ばれました。そして詠は舞人ではなく、管方によって歌われ、打物、笙によって伴奏されました。

五常楽「詠詞」

天祝五常楽崇恩(てんしゅうごしょうらく しゅうおん)
北極辰可憐家 (ほっきょくしん かれんか)
恩舞音響動梁塵(おんぶおんきょうどうりようじん)

※本来、四行の五言絶句だが歌唱の区切れに合わせて三行で表記

伶楽舎第十二回雅楽演奏会 プログラム冊子より