「古代日本に渡来した音階」で雅楽(唐楽)の音階を記しましたが、実際にその音階でそれぞれの調の調声音が構成されているかを見てみます。 今回は箏の調絃をみて、それぞれの調の音階を確認したいと思います。 まずは壱越調の調絃と、その構成音を見てみます。
■壱越調の調絃
次に壱越調(黄鐘均商調)の音階を記して比較してみます。
■壱越調(黄鐘均商調)の音階
上図(五線譜)を比較すると、概ね一致していますが、壱越調の音階の第四音と第七音が、箏の調絃音に見当たりません。これはどういうことでしょうか。箏はギターのようなフレットはありませんので、そのままでは壱越調の音階全てを発声させることが出来ません。実はこれらの音は、現在では失われた雅楽の箏の奏法を見ることによって、浮かび上がってきます。
此外障爪 返爪 連結手 (已上右手) 取手 淘手 推手 (已上左手) 六 是左手推絃之譜也。 此図似拍子之文拍子文者去譜字書之此譜者傍干譜字書之也。 譜面六如此下書者推餘音之譜也。
「楽家録」 安倍季昌(日本古典全集)より
これは「推手」という左手の技法のことを述べており、楽家録には絵図の記載もあります。箏の左手の技法は明治の頃に失われたようですが、それ以前は堂上楽家により、伝承がされていたようです。
「推手」とは楽家録の記載の如く、左手で絃を推す(押す)技法と想像できます。箏の絃は推す(推手)ことによって、その絃の音を半音上げることが出来ます。 この「推手」を下無(F#)と盤渉(B)の絃に行うと、それぞれ双調(G)と神仙(C)の音ができ、調絃の低い音から並べると「壱越」・「平調」・「下無」・「双調」・「黄鐘」・「盤渉」・「神仙」(D・E・F#・G・A・B・C)となります。すなわち壱越調(黄鐘均商調)の音階が構成されることが解ります。 したがって、壱越調(黄鐘均商調)の音階と一致する訳です。けれども逆に現在の雅楽の箏の演奏では、第四、第七の音がつくられず、いわゆるヨナ抜き五音階で演奏されていることになります。 それでは以下に、箏の調絃とその他の各調子の音階をそれぞれ記します。
■双調の調絃
■双調(仲呂均商調)の音階
■太食調(呂)の調絃(太食律旋は平調と同)
■太食調(太簇均商調)の音階
■平調(林鐘均羽調)の調絃
■平調(林鐘均羽調)の音階
■黄鐘調(黄鐘均羽調)の調絃
■黄鐘調(黄鐘均羽調)の音階
■盤渉調(太簇均羽調)の調絃
■盤渉調(太簇均羽調)の音階
平調、黄鐘調、盤渉調の律旋は、第三音と第七音が調絃音にありません。それらの音は呂旋と同じく「推手」によって奏でていたということでしょう。これでわかるように、六調子の音階と、箏の調絃が全て一致しています。 以上により渡来した各調子の音階が、雅楽の箏で用いられている音階と一致することがわかりました。
しかしながら冒頭で記しましたように、現在では左手の技法は失われています。これは明治初期の太政官通達による、堂上楽家の家業であった絃楽器の伝授停止によるところの影響と思われます。現行の雅楽では、箏は右手技法のみで演奏されており、したがって箏は五音の音階で演奏されているのです。