調名 | 舞種 | 別名 | 構成 |
高麗平調 | 平舞 | 甲子之曲 | 単一楽章 |
|
舞人 | 装束 | 曲姿 | 番舞 |
四人 | 別用装束 | 小曲・新楽 | 甘州 |
●あらまし
林歌という楽曲は、現行では高麗楽と唐楽の両ジャンルに伝わっています。
作曲者に関して「體源鈔」には、兵庫允の玉手公頼(たまてきみより)によるものと推察される記事が、「楽家録」には高麗の笛師下春によるもの推察される記事が、それぞれ見あたります。
さらに「楽家録」には、『林歌は甲子(きのえね)の日に奏されたことから、甲子の曲とされた』との記述があります。後に記しますが林歌の舞装束に鼠の刺繍が施されていたり、兜が鼠兜であったりするのは、この故事に由来するためなのでしょう。
※甲子…十干と十二支との最初の組み合わせで、十二支のねずみを指します。
※兵庫允…律令制における、兵部省所管の兵庫。允は四等官の中の判官(じょう)で大允、小允があり、官位相当は従七位上から正六位上。
狛平調楽同舞ノ事
又平調ニモ造物アリ、兵庫允玉手公頼ガツクリタルトソ申タレトモ、其家ノ目録ニモイレス候メリ
(「體源鈔 巻九」日本古典全集)より
第十二 高麗平調曲 林歌
下春歌彼而後為一曲、以名之林歌也云々
一説、林歌曲、天道有新誓始甲子日奏之、爾来以之為甲子之曲云々
(「楽家録 巻三十一」 日本古典全集)より
高麗楽の調子の中で、高麗平調という調子はこの曲のみ伝わっています。一方、唐楽の平調に属する同名の曲は、この高麗楽「林歌」を移した(移調編曲)したものです。楽曲のkeyは長一度下がっており、また打楽器のリズムも違いがありますが、旋律はほとんど同じです。
●往時の演奏作法
林歌
此舞ヲ出サント思時、先吹乱聲舞出ヌレバ、乱聲ヲトドメテ禰取律音 次当曲ヲ吹ナリ。舞人向西拾足之時 加三度拍子 舞終ヌレバ楽止手。又重吹此曲入ナリ 即加拍子 出入大旨如左舞也
…途中略
此曲西寺ノ老鼠ト云事有、老ネスミハ呂催馬楽ナリ。…
(「體源鈔 巻九」日本古典全集)同上項より
ちなみにこの曲の旋律を歌謡化、編曲したものが催馬楽「老鼠(おいねずみ)」(またの名を「西寺(にしでら)」)で、久しく絶えていましたが、昭和5年(1930)宮内庁楽部で復曲されています。
唐楽の林歌は器楽演奏のみで舞はありませんが、高麗楽の林歌は舞楽ですので舞を伴います。
●楽曲の構成・装束
舞人の装束はこの楽曲独自のものを用います。楽曲独自の装束を「別用装束」といいますが、林歌の装束は黄色地に金糸・銀糸・黄糸でネズミを繍した短い袍を着用します。これは先に記した「甲子之曲」のエピソードが由来しているためでしょう。頭に鼠甲(ねずみかぶと)と呼ばれる林歌専用の甲をかぶるのも、ユニークなところです。
楽曲は単一楽章で高麗楽の四拍子※1 、拍子は十四※2 となっています。
※1、3...共に高麗楽の打楽器のリズムパターンの一種。
※2...楽曲一辺中の、太鼓の「百」を打つ数。
●現行の演奏作法
-舞楽-
林歌の舞楽演奏は、前奏曲である高麗小乱声から始まります。この楽曲は高麗笛の第一奏者※1 と太鼓、鉦鼓のみで演奏されます。高麗小乱声の演奏が終わると、次に高麗乱声が奏されます。この曲は高麗笛の第一奏者より第二奏者(グループ)、第三奏者(グループ)へと、カノンのように順次遅れて演奏する「退吹」(おめりぶき)と呼ばれる奏法で演奏されます。この楽曲が演奏される間に、舞人は順次登台して出手を舞います。
舞人全ての出手を終えた後、高麗笛の第一奏者の吹止句で演奏を終了します。次に高麗平調の音取である加利夜須音取が、高麗笛と篳篥の第一奏者によって演奏されます。この間、舞人は舞台上で静止しています。音取が終わると舞人は当曲の演奏で舞い、当曲連吹によって舞人は入手を舞った後、順次降台、管方吹止にて全ての演奏が終了します。
※...舞人が退場する際も、当曲を止めずに演奏し続ける形式の作法を「連吹」(つらねぶき)といいます。
-管絃-
林歌の管絃演奏は、平調音取からはじまります。この曲は三管と両絃の第一奏者と鞨鼓奏者で、演奏します。音取の演奏を終えると三管第一奏者は楽器を膝元に、琵琶と鞨鼓奏者は楽器と桴を一旦元に収めて、箏奏者合わせて左手(さしゅ)します。鞨鼓奏者が桴を構えた後、当曲を横笛の第一奏者 ※1より演奏します。
なお林歌の箏パートは、輪説 ※2でも演奏されます。
※1...管楽器の第一奏者を雅楽では「主管」(しゅかん)と呼びます。
※2...箏の通常の奏法とは違う別バージョンの奏法を「輪説」(りんぜつ)と呼びます。
舞楽 林歌 | |||
前奏 | こまこらんじょう ○高麗小乱声 | - | |
出時 | こまらんじょう ○高麗乱声 | 舞人は順次登台し、出手を舞う | |
かりやすねとり ○加利夜須音取 (高麗平調音取) | 舞人は舞台で静止 | ||
当曲 | りんが ○林歌 | 舞人は当曲舞を舞う | |
入時 | 舞人は入手を舞い、順次降台する。 |
管絃 林歌 | ||
前奏 | ひょうじょうのねとり ○平調音取 | - |
当曲 | りんが ○林歌 | ・早八拍子・拍子十一 ・末ニ拍子加 |
※…音取の際、琵琶は七撥を、箏は爪調を奏します。