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■あらまし
現行の雅楽とは、いくつかの古代音楽の種目を総称した名称ですが、その中の一つに「高麗楽」があります。高麗楽は唐楽と双璧をなして雅楽を代表するジャンルの一つです。雅楽演奏会等の場面では、耳にする機会も多いのではないでしょうか。
高麗楽は唐楽と同じくもとは外来の音楽です。唐楽が唐(中国大陸)経由で伝来したのに対して、高麗楽は古代朝鮮半島にあった高句麗(こうくり)・百済(くだら)・新羅(しらぎ)の国々、または渤海(ぼっかい)より伝えられた音楽であり、さらにその形式を模して、中世までに日本で作られた音楽の総称をいいます。
こま‐がく【高麗楽/狛楽】
1 三韓楽の一。高句麗(こうくり)の楽舞で、7世紀以前に日本に伝来。楽器は高麗笛・臥箜篌(ふせくご)・莫目(まくも)を用いた。
2 雅楽の分類の一。平安初期の楽制改革で、従来の三韓楽と渤海(ぼっかい)楽を合わせて成立。
篳篥(ひちりき)・高麗笛・三の鼓・太鼓・鉦鼓(しょうこ)を伴奏楽器とし、舞を伴う。右楽(うがく)。
「大辞泉」小学館
1の臥箜篌とは、ハープのような楽器で、船のような形に13本の絃が斜めに張られている楽器で、現在の日本の雅楽では用いられていません(詳しくはこちらのサイトさまを参照下さい)。
また莫目とは、縦笛の管楽器だったようですが、現在までに廃絶しており、詳細はわかりません。明治に編纂された百科事典である古事類苑には、莫目に対して以下のような記載があります。
[莫目]
莫目は、或は莫牟に作り、読てマクモと云ふ。高麗、百済の二部に通じ用ふ。蓋し三韓の貢する所ならん。倭名類聚抄これを管籥類に収む。則ち其の竹属たるを知る。形状声調今得て攷ふ可からず。
古事類苑 楽舞考より
■唐代の高麗楽
中国の唐代に、杜佑によって書かれた「通典(つてん)」には唐の高麗楽で用いる楽器として、以下の17種が記載されています。
●弾箏(だんそう)
●搊筝(しゅうそう)
●臥箜篌(がくご)
●竪箜篌(たてくご)
●琵琶(びわ)
●五絃琵琶(ごげんびわ)
●義觜笛(ぎしぶえ)
●笙(しょう)
●横笛(おうてき)
●簫(しょう)
●小篳篥(こひちりき)
●大篳篥(おおひちりき)
●桃皮篳篥(とうひひちりき)
●腰鼓(ようこ)
●斉鼓(さいこ)
●擔鼓(たんこ)
●貝(かい)
「通典」 巻146 -楽- より
日本の高麗楽演奏では古来より、高麗笛が用いられていますが、上記には高麗笛の記載は見当たりません。「横笛」がそれに当たるのか、もしくは唐の高麗楽は、日本の高麗楽とはまったく別物であったということなのでしょうか。
■現行の高麗楽の演奏
高麗楽の演奏形態ですが、唐楽には管絃立(器楽演奏)と舞立(舞楽演奏)の2つのスタイルがあるのに対して、現行での高麗楽は舞楽演奏でしか用いられません。現在、管絃での演奏スタイルはほぼ、唐楽においてのみ行われています。
しかし高麗楽にも古代より、琵琶と箏の譜(仁智要録/三五要録)が伝えられています。また往時には、絃楽器を用いて管絃としての演奏記録も多くあります。さらに現行の雅楽の基となっている明治撰定譜にも、高麗楽の絃楽器譜があります。したがって現在でも、管絃として演奏することは可能です(ただし一般的に演奏されることは、ほとんどありません)。
▼高麗楽(管絃)の上演記録
高麗楽の管絃は近年、高麗壱越調の「林歌」が国立劇場で上演されています。
・第73回雅楽公演(平成25年6月29日)
管絃−高麗楽の管絃と唐楽の大曲
演奏:伶楽舎
▼現行の高麗楽で用いられている楽器。
舞楽の編成 | |||
管楽器 | 高麗笛 (1人〜数人) | - | 篳篥 (1人〜数人) |
打楽器 | 鉦鼓 / 大鉦鼓 (1人) | 太鼓 / 鼉太鼓 (1人) | 三ノ鼓 (1人) |
高麗楽を用いる舞は「右方(うほう)」と称され、装束は緑系統、金具は銀色で統一され、二巴をシンボルとしてます。
現行の高麗楽/管絃楽曲一覧(明治撰定譜より)
■は琵琶・箏譜あり、□は琵琶・箏譜なし。
高麗壱越調
えんぎらく
■延喜楽
こちょう
■胡蝶
にんならく
■仁和楽
はっせんのは・きゅう
■八仙破・急
そりこ
■蘇利古
ことくらく
■胡徳楽
こまぼこ
■狛鉾
しきて
■敷手
きとくのは・きゅう
■貴徳破・急
なそりのは・きゅう
■納曾利破・急
おうにんてい
□皇仁庭
はんなり
■埴破
しんそりこ
□進蘇利古
ちょうぼらくのは(ほそろぐせり)
■長保楽破(保曽呂久世利)※1
しんまか
□新靺鞨
たいそうとく
□退走禿
しんそうとく
□進走禿
しんとりそ
□新鳥蘇
ことりそ
■古鳥蘇
高麗平調
ちょうぼらくのきゅう(かりやす)
■長保楽急(加利夜須)※1
りんが
■林歌
高麗双調
ちきゅうのは・きゅう
■地久破・急
ほうひん
■白濱
とうてんらく
■登天楽
その他
□高麗乱声
□高麗小乱声
□意調子(高麗壱越調音取)
□加利夜須音取(高麗平調音取)
□高麗双調音取
□納序 ※2
□古弾 ※2
■絃合・掻合
※1...長保楽は「破」と「急」とで、それぞれ調子の違う楽章で構成されている。意調子(高麗壱越調音取)に続いて長保楽破を、続く長保楽急の演奏前には高麗平調音取(加利夜須音取)を演奏する。
※2...新鳥蘇で、当曲の前奏で用いられる楽曲。