催馬楽(さいばら)


催馬楽とは雅楽歌謡の一種目で、雅楽器の伴奏を伴う歌曲のジャンルです。

さいばら【催馬楽】 平安初期ごろに成立した歌謡の一。上代の民謡などを外来の唐楽の曲調にのせたもので、笏拍子(しゃくびょうし)・笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・竜笛(りゅうてき)・琵琶・箏(そう)を伴奏とする。歌詞は律25首、呂(りょ)36首が残るが、曲は室町時代に廃絶、現在10曲ほど復興。
(「大辞泉」 小学館)


●あらまし

貞観元年3月23日(859)に薨じた尚侍従三位広井ノ女王は歌謡を能くされ、特に催馬楽の名手で多くの人に伝えられたとある(三代実録)。
催馬楽はもと路頭巷里の謡歌で、後に好事の士女が弾琴の歌曲に成したもの、雅楽管絃の盛んなる随がい笙、篳篥、龍笛、琵琶、箏などの外来管絃楽器を添えて、管絃(器楽曲演奏)の催しに欠くことの出来ぬ歌曲と成ったものである。
呂の歌(双調宮の歌)37、律の歌(平調宮の歌)28を数え、一品式部卿敦実親王(宇多天皇第八皇子)を源家の流祖、従三位皇太后宮権大夫博雅朝臣(克明親王子)を藤家の流祖として洞院、綾小路、持明院など公卿「家の歌」にて伝承し来った公演用の歌曲である。
現代伝える双調宮催馬楽「美濃山」は仁明天皇承和大嘗祭(833)「席田」は陽成天皇(876〜884)の即位大嘗祭の悠紀(美濃国)風俗歌を、催馬楽に整調して伝承したものである。
(「五線譜による雅楽総譜 歌曲編」芝祐泰-カワイ出版-)より


※三代実録には、貞観元年(859)に「催馬楽の名人、廣井女王が亡くなった」という記事が表記されていて、平安時代初期には既に催馬楽が演奏されていたことがうかがえます。

《貞觀元年(八五九)十月廿三日乙巳》尚侍從三位廣井女王薨。廣井者。二品長親王之後也。曾祖二世從四位上長田王。祖從五位上廣川王。父從五位上雄河王。廣井。天長八年授從五位下。任尚膳。嘉祥三年授從四位上。任權典侍。仁壽四年授從三位。天安三年轉尚侍。
薨時年八十有餘。廣井少修徳操。擧動有禮。以能歌見稱。特善催馬樂歌。諸大夫及少年好事者。多就而習之焉。至于死没、時人悼之。
(「日本三大実録巻三 貞観元年10月23日条」-朝日新聞本)より


催馬楽はもともとは庶民達の口ずさむ詩に、貴族達が編曲して楽器の伴奏を付けたものと言われています。 各楽曲の由来は、それぞれいろいろと考えられます。 例えばある詩は、天皇の即位の時に今でも行われる「大嘗会」での神事を行う際に撰定される、「悠紀地方・主基地方(ゆき・すきちほう)」の民謡が原点であったり、またある詩は農民が租税として米や穀類、布、特産物などを運ぶ時に歌った歌であったり、仕事歌、わらべ歌からきていたりと、楽曲毎に異なります。



●催馬楽の「呂」と「律」二種類の属性

催馬楽の楽曲はそれぞれ「呂」と「律」のいずれかに属しています。この呂と律の分類は「唐楽」のように調子の保持音階や音型によるものではなく、主音を双調に置くものを「呂」、平調に置くものを「律」に組み入れています。今日、宮内庁楽部に伝承されている催馬楽6曲をみると、律グループの「伊勢の海」「更衣」は平調楽曲、および太食調楽曲の音型に近いため、平調の管絃、太食調の管絃演奏時に組み入れられて、たびたび演奏されますが、「呂」グループの「安名尊」「山城」「美濃山」「席田」は双調楽曲の保持音律である「呂旋」と異なるため、双調の管絃演奏時に歌唱されることはほとんどありません。

●源家・藤家の二流

既に記したように、平安初期には既に普及していたと考えられている催馬楽は、さらに平安中期から後期にかけて「源家」・「藤家」の二つの流派により発展し、それぞれの作法や譜が伝えられました。けれども催馬楽は、平安後期に流行した「今様」「風俗歌」等におされ、室町時代までには伝承が途絶えます。現行の催馬楽につながる原型は、江戸時代後期に整えられたものです。

催馬楽師伝相承



▼催馬楽の助奏で用いられる楽器
斉唱 龍笛 篳篥 琵琶 笏拍子
数名 一名 一名 一名 一名 一名 一名
(句頭)



●催馬楽の演奏作法

催馬楽は数人で斉唱しますが、曲の冒頭は「句頭(くとう)」と呼ばれる独唱者のソロで始まり、付所と呼ばれる指定の箇所より全員で斉唱、楽器の伴奏が加わります。 催馬楽の演奏は現在では笙、篳篥、龍笛の助奏が付きます。また句頭は笏拍子を打ちながら歌います。

●催馬楽の歌唱法

・「容由」(ようゆう)
・「由」(ゆり)
・「入節」(いりぶし)
拍子の一つ目は大きく歌い、2つ目・3つ目は小さく歌う



●現行の催馬楽の楽曲(明治撰定譜より)

平安の最盛期には、60曲以上もの楽曲があったようですが、現行の催馬楽は6曲のみで、近年2曲が再興されています。

-平調(律)の歌曲-

■伊勢の海(いせのうみ)

イセノウミノキヨキナギサニシホガヒニ
伊勢の海の清き渚に潮間に
ナノリソヤツマンカヒヤヒハンタマヤヒロハン
なのりそや摘まむ貝や拾はむ玉や拾はむや

■更衣(ころもがえ)

コロモガヘセンヤシャキダチンヤワガキヌハ 
更衣せんや先ん立ちや我が衣は
ノハラシノハラハギノハナスリヤジャキンダチヤ 
野原篠原 萩の花擦や 先ん立ちや

双調(呂)の歌曲

■安名尊(あなとう)

アナタフトケフノタフトサヤイニシヘモハレイニシヘモ
あな尊今日の尊さやいにしえもはれいにしへも 
カクヤアリケンヤケフノタフトサヤアハレソコヨシヤケフノタフトサ
かくやありけむ今日の尊さあはれそこよしや今日の尊さ

■「山城」(やましろ)
■「席田」(むしろだ)
■「美濃山(蓑山)」(みのうやま)

☆近年再興した歌曲☆

■「西寺」(にしでら)
■「田中井戸」(たなかのいど)



註釈)
※【三代実録】さんだいじつろく 平安時代の歴史書。六国史(りっこくし)の第六。50巻。宇多天皇の勅命で、藤原時平・大蔵善行らが撰。延喜元年(901)成立。清和・陽成・光孝天皇の3代30年間を編年体で叙述。日本三代実録。 (「大辞泉」 小学館)