鞨鼓(かっこ)



かっこ【鞨鼓】
雅楽の唐楽に用いる両面太鼓。「かっこ」は中国・日本の打楽器の名称で、広く羯鼓の字があてられるが、雅楽では鞨鼓と書くのが普通。長さ30センチメートル、口径15センチメートルほどの樽(たる)形の胴の両側に、直径約23センチメートルの鉄輪に張った皮を、皮面周囲の八つの孔に紐(ひも)を通して締め合わせたもの。

日本大百科全書(小学館)より


鞨鼓(かっこ)とは打楽器で、雅楽の唐楽というジャンルの演奏で用いられます。 直径約23cmの二枚の鼓面の間に内径が15cmの筒の胴をはさんで、牛の皮を紐状にした調緒(しらべお)という紐で締めてます。 この楽器を木製の台に乗せて、長さ約40cmの先端がナツメのような形の桴を二本持って打ちます。その打法は、三種あります。

■鞨鼓の打法
|-「正」(せい)...一本の桴で第一拍目に鼓面を打つという打法。
|-「片来」(かたらい)...一本の桴でだんだん速く打つ打法。
|-「諸来」(もろらい)...二本の桴で左右交互に連続的に打つ打法。




鞨鼓カッコ・カコは、古へ羯鼓に作る。戎羯より出づるを以て名とす。或は掲鼓に作る者は、音通ずるを以てなり。撃つに両杖を用ゐる、故にまた両杖鼓の名あり。 革面の径七寸八分、鉄輪を作りて革を張り、縁に八好アナを穿ち、装するに革三枚を用ゐる(下紫、中白、上錦皮)、これを剣形と云ふ。 匡は樫、桜、唐木等を用ゐ、長さ一尺、径五寸、中腰稍々大なり、螺鈿若しくは描金を施して文彩を為し、馬皮の細長なる者を以て皮を約す。これを大調オホシラベと云ひ、大調を約するに紅条(或は紫条)を以てす。これを小調コシラベと云ふ。伸縮して以て声調を諧ふ。 台あり、黒漆を以て塗る、上の広さ七寸六分、下の広さ一尺二寸、厚さ九分、左右二板、相距る六寸許、横木を以て之を貫く、桴二枝、長さ一尺二寸、両頭倶に撃つ。 鞨鼓の譜は、正来セイライ(生礼とも)の二字を用ゐる。正は右桴なり。来は左桴なり。また来二字を並書する者は、左右互に細数連打す、之を諸来モロライと云ひ、また来一字を書する者は、左桴を細数連打す、之を片来カタライと云ふ。 独り音取、調子、及び序に於ては、右桴も又来の字を用ゐるあり。また揚の字を譜するは、正桴を後らして、来桴に接打するなり。是桴法の大略なり。

古事類縁 舞楽考「鞨鼓」





鞨鼓は本来、唐楽の中の「新楽」と呼ばれるグループの楽曲を演奏するときに用いられた楽器でした。古くは「古楽」と呼ばれるグループの楽曲をを演奏する場合は壱鼓という片桴の打楽器を用いていましたが、現在は鞨鼓を用いています。

「正」・「片来」・「諸来」の三種類の打法を用いる鞨鼓は、その打法の組み合わによって、大きく8種類のパターンがあります。これを「鞨鼓八声(かっこはっせい)」と呼びます。

■鞨鼓八声

○「阿礼」(あれいせい)
○「塩短声」(えんたんせい)
○「大掲声」(だいかっせい)
○「璫鐺声」(とうとうせい)
○「沙音声」(しゃおんせい)
○「織錦声」(しょくきんせい)
○「泉郎声」(せんろうせい)
○「小掲声」(しょうかっせい)

初め光仁天皇宝亀九年、鼓生壬生駅麻呂、雅楽属小子部継益に勅して、鞨鼓の八声を定めしむ。其の名を阿礼声、大掲声、小掲声、沙音声、?鐺声、塩短声、泉郎声、織錦声と云ふ。 また楽曲舞容に従て、其の節を異にするあり。破拍子、教拍子、間拍子、重カサネ拍子、乱拍子、千鳥懸、志土禰拍子、?拍子等是なり。 凡そ新楽は必ず鞨鼓を用ゐる。蓋し此器は三鼓(鞨鼓、大鼓、鉦鼓)の最にして、楽節の緩急長短、一に其の遅速に従ふ。故に管弦と舞楽とを問はず、楽所一臈の者、之に任じ、袍を尚へて其の首座に就くを法とす。

古事類縁 舞楽考「鞨鼓」


八聲の名 阿禮聲 調子の名なり 鹽短聲 一本阿禮短聲序の名なり 大掲聲 延八拍子の名 ?聲 中八拍子の名なり 沙聲 早八拍子の名なり 織錦聲 六拍子の名なり 泉朗聲 延四拍子の名なり 金玉四拍子と為す 小掲聲 早四拍子の名なり 金玉四拍子の加えと為す

楽家録 巻之十七 鞨鼓 八聲之名 安倍 季昌





源氏物語には、鼓係打楽器の総称として「鼓」の描写がいくつかあります。ただ、「三ノ鼓」や「鞨鼓」といった個別の名称の表記は見当たりません。平安時代には既に楽器の区別はあったのでしょうが、名称を特に分けていなかったということでしょうか。

行幸には、親王たちなど、世に残る人なく仕うまつりたまへり。春宮もおはします。例の、楽の舟ども漕ぎめぐりて、唐土、高麗と、尽くしたる舞ども、種多かり。楽の声、の音、世を響かす。

「源氏物語」紅葉賀


ことことしき高麗、唐土の楽よりも、東遊の耳馴れたるは、なつかしくおもしろく、波風の声に響きあひて、さる木高き松風に吹き立てたる笛の音も、ほかにて聞く調べには変はりて身にしみ、御琴に打ち合はせたる拍子も、を離れて調へとりたるかた、おどろおどろしからぬも、なまめかしくすごうおもしろく、所からは、まして聞こえけり。

「源氏物語」若菜下


夜もすがら、尊きことにうち合はせたるの声、絶えずおもしろし。ほのぼのと明けゆく朝ぼらけ、霞の間より見えたる花の色いろ、なほ春に心とまりぬべく匂ひわたりて、百千鳥のさへづりも、笛の音に劣らぬ心地して、もののあはれもおもしろさも残らぬほどに、陵王の舞ひ手急になるほどの末つ方の楽、はなやかににぎははしく聞こゆるに、皆人の脱ぎかけたるものの色いろなども、もののをりからにをかしうのみ見ゆ。

「源氏物語」御法





■■■ 鞨鼓の奏法 ■■■

鞨鼓には三種類の打法と、それを数小節にわたって組み合わせてパターン化した二十種以上の奏法があります。 楽曲毎に奏法のパターンは決められています。その決められたパターンを基本的には奏していくわけですが、洋楽と違って終曲に向かって変化していく楽曲のスピードを、全体をリードしながら常に調整し、奏するために鞨鼓奏者は、演奏の中の旗振り役を担っています。




▼鞨鼓の打法

○「正」(せい)・・・一本の桴で鼓面を打ちます。右手でのみ打つ打法です。

○「片来」(かたらい)・・・一本の桴でだんだん速く打つ打法。

○「諸来」(もろらい)・・・二本の桴で左右交互に連続的に打つ打法。




打法を数小節にわたって組み合わせてパターン化したもので、その代表的なものに鞨鼓八声があります。

教訓抄ニ曰、宝亀九年中に楽廿十一日、進鼓生従八位下王生驔麿製此鼓、 ーー定置。又云、昔光仁天皇ノ御宇宝亀九年之比、以勅定被召打物案譜。 干時伶人家々、抽出伝受秘説、造進案譜之法之内、以鞨鼓之ーー、 殊為秘事耳。一曰阿禮聲、ニ曰大掲聲、三曰小掲聲、四曰沙聲、五曰鐺聲 六曰盬聲、七曰白水郎、八曰織錦聲。

(『日本古典全集 歌舞品目 巻之八』 正宗敦夫校注 )


また同書に「白水郎」について、「又泉郎聲ニ作ル。泉郎聲ガ正シキニヤ」と記述があります。また「盬聲」については、「阿禮短聲トモ云」とあります。現在ではそれぞれを「泉郎声」、「塩短声」と呼ぶのが一般的です。




▼鞨鼓八声

・「阿礼声」(あれいせい)・・・調子という楽曲に用います。 (是調子ノ打方ナリ)

・「大掲声」(だいかっせい)・・・延八拍子の楽曲で用います。 (延八拍子ノ打方ナリ)

・「小掲声」(しょうかっせい)・・・早四拍子の楽曲で用います。 (早四拍子ノ打方ナリ)

・「沙音声」(しゃおんせい)・・・早八拍子の楽曲で用います。 (早八拍子ノ打方ナリ)

・「璫鐺声」(とうとうせい)・・・輪台、五常楽破で用います。 (尋問抄曰、中八拍子ノ打様ナリ)

・「塩短声」(えんたんせい)・・・序吹の楽曲に用います。 (序ノ打方ナリ)

・「泉郎声」(せんろうせい)・・・延四拍子の楽曲で用います。 (延四拍子ノ打方ナリ)

・「織錦声」(しょくきんせい)・・・六拍子の楽曲で用います。 (六拍子ノ打方ナリ)

()内の文言は上記古楽書の記載を引用




■図示による、鞨鼓の奏法パターン ○ 正・・・正 ○ ) または ( ・・・片来 ○ ( )・・・諸来

▼小渇声(第一種)

Ex82






▼小渇声(第二種)

Ex81






▼小渇声(第三種)

Ex80






▼織錦声

Ex83

Ex84






▼沙音声(第一種)

Ex78 Ex79






▼沙音声(第二種)


76 Ex77






▼沙音声(第三種)

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参考文献
(『雅楽鑑賞』押田良久 文憲堂 1987)
(『雅楽辞典』小野亮哉・東儀信太郎 音楽之友社 2004)
(『五線譜による雅楽総譜 巻一〜四』芝祐泰 カワイ楽譜 1972)
(『源氏物語 付現代語訳 玉上琢弥注 角川書店 1964)
(『楽家録』安部季尚編/正宗敦夫校註 日本古典全集刊行会 1935)
(『古寺類縁』吉川弘文館 1896)