琵琶(びわ)





がく‐びわ【楽琵琶】
雅楽器の一。各種の琵琶の中では最も大きく、水平に構えて演奏する。 弦は4本。管弦合奏と催馬楽(さいばら)の伴奏に使う。

大辞泉(小学館) より





雅楽で使用する琵琶は、薩摩琵琶や筑前琵琶等、他の琵琶と区別するために、楽琵琶(がくびわ)と呼ばれる場合もあります。 現行の雅楽では曲の旋律を奏するのではなく、箏と同じくリズムやアクセントを刻みます。

楽器本体の長さは一定ではありませんが、現在のものはだいたい110cmぐらいが標準でしょう。古代には、牛車の中で演奏するための大きさの、小琵琶といわれたものもあったようです。

琵琶の絃は四本あり、構えた状態の上の絃から一絃・二絃・・と呼びます。雅楽演奏の際は、しゃもじのような形の撥(ばち)を上から、もしくは下から一気にストロークしたり、またはアルペジオ風に緩やかに掻きます。

琵琶はもともとイラン辺りで生まれました。その後シルクロードを流れて中国で発達し、そして日本へと伝わりました。シルクロードを逆にヨーロッパへ、ジプシー達が伝えたものもあり、それらが変化してマンドリンやギターになったようです。

琵琶の各部の名称には、
槽(甲)
遠山(とおやま)
腹板(はらいた)
覆手(ふくじゅ)
通絃孔(つうげんこう)
猪目(いのめ)
陰月(いんげつ)
半月(はんげつ)
額(ひたい)
撥面(ばちめん)
蟻通(ありとおし)
磯(いそ)
落帯(らくたい)
鹿頸(しかくび)
柱(じ)
匡口(きょうこう)
乗絃(じょうげん)
転手(てんじゅ)
海老尾(えびお)
...等があります。

ギターでいう「フレット」は柱(じ)と呼び、海老尾に近い方から第一柱、第二柱、第三柱、第四柱と呼びます。


▼琵琶の図と各部の名称(「覆手」には撥を納める部分、「陰月」があります) Biwanozu_4


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■ 運指名

琵琶には四本の絃と、四つのフレット(柱)があって、開放絃をあわせると単音で20の音が出せます。それぞれの音は実際の音名では表記せず、「絃×柱」を押さえた運指の名を表記します。これは雅楽器全体に言える特徴です。また運指名(譜字)は、伝統的に略字で表記されてるものもあります。

▼琵琶の各柱の名称
※譜字の上に読み、下に元字を記しています。


琵琶各フレット名.GIF
琵琶フレット図.GIF




▼楽琵琶の調絃


■壱越調
壱越調.GIF

■平調/太食調
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■双調
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■黄鐘調
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■水調
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■盤渉調
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註)
琵琶の調絃は西洋の弦楽器のような一定ものではなく、楽曲の調子によって変えます。平調と太食調は同調絃を用います。また水調とは黄鐘調の枝調子で、律旋である黄鐘調の中に一部含まれる、呂旋の調子をいいます。黄鐘調の楽曲でも呂旋の楽曲では、水調の調絃を用います。




▼楽琵琶の各調子のフレット実音


■壱越調
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■平調/太食調
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■双調
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■黄鐘調
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■水調
biwasuicho.GIF

■盤渉調
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■■■楽琵琶の奏法■■■

現行の雅楽合奏における琵琶の役割は、箏と同じく演奏にリズムを与えることです。ただし左指奏法で刻まれるリズムにおいては弱音の為、箏のような明確なリズムは感じ辛いです。
楽曲における小節の、第四拍目から一拍目にかけて撥をコードストロークまたは、アルペジオ風に弾奏するのが、雅楽合奏における琵琶の基本的な奏法です。

◆掻撥(かくばち)
記譜された柱を左指で押さえ、一絃から指定の絃まで右手の撥で弾き下ろす奏法です。掻撥では指定の絃以外は開放絃のまま弾奏し、また指定された柱の絃の音が、小拍子(小節)の第一拍目にあたるように、弾奏します。掻撥は記譜の絃が一絃、二絃の場合はコードストローク風に一気に、また三絃、四絃の場合はアルペジオ風にやや分散するように弾奏します。

◆掻洗(かきすかし)
掻撥の指定の絃以外に、途中の絃を押えて弾奏する奏法。記譜は譜字が二つ、繋がるように記されています。

◆割撥(わりばち)
割撥は掻撥を二つに分けるように、弾奏する奏法です。記譜は譜字が二つ、繋がるように記されています。
小拍子(小節)の第一拍目を掻撥で弾奏し、撥はそのまま保ちつつ、二つ目の譜字を第四拍目に合わせるよう、弾奏します。

◆返撥(かえしばち)
撥を下から上へ掻き上げる奏法です。記譜の音が小節の第一拍目の音になるよう弾奏する掻撥と違い、
返撥は記譜の絃がその拍子となります。

◆叩(たたく)、弛(はずす)
左手指で行う琵琶の基本的奏法。掻撥で弾いた絃から指を離し、その余韻を響かせる奏法が「弛」。また「弛」を行った後に同じ指で叩くように押え、その余韻を響かせる奏法が「叩」。「叩」はギターで行うハンマーリングオンであり、「弛」は同じくプリングオフとほぼ同じ奏法です。



■琵琶の登場する古典物語等

●釋名
別字で「枇杷」「比巴」とも表記される琵琶ですが、名称の由来として、古代中国の後漢の時代に劉煕(りゅうき)によって書かれた「釈名」という辞書には、枇杷は「手を押して前に弾くのを批(ひ)、手を引いて退けるのを把(は)という」と記されており、この二字を一つにして枇杷としたと表記されています。
批把本出於胡中馬上所鼓也推手前曰批引手却曰把象其鼓時因以為名也

釋名 「巻四釋楽器弟二十二」 劉煕


●枕草子
また「三五」や「よつのを」とも呼ばれていたこの楽器は、古代より高貴な人々好まれ、天皇家の名器として古典物語に名を残しているものが多くあります。

・・・無名といふ琵琶の御琴を、うへの持てわたらせ給へるを、見などして、掻き鳴しなどすと言へば、ひくにはあらず、緒などを手まさぐりにして、「これが名よ、いかにとかや」など聞えさするに、「ただいとはかなく名もなし」との給はせたるは、なほいとめでたくこそ覺えしか。 「中略」 琵琶は玄象、牧馬、井上、渭橋、無名など・・・

枕草子「八十九段」 清少納言


●文机談
構造上、楽器自身の響鳴は西洋の弦楽器ほど大きくなく、響きは小さいものです。しかし熟達したプレーヤーが奏でる琵琶の音は一味違うようです。

卯の日は清暑堂の御神楽なり。中宮の御方へ参る道にて人々きかばやとありしかども、摂政殿 候はせ給ひていとくちをし。 清涼殿のかたへ たちいでたれば 職事どもたちならびたり。 又きぬかづき重なりてさらに道なし。 常の御所の御帳のもとに、人々の禄どもに薫物(たきもの)などして、ほのかにききしかば、大宮の大納言 琵琶、花山院の大納言 笛、兵衛督 拍子おもしろしともいへばなかなかなり。弁内侍、 雲ゐより なほはるかにや きこゆらん 昔にかへす あさくらのこゑ ことどもはてて 大宮の大納言殿常の御所へ参り給ひて 勾当の内侍殿に「牧馬(ぼくば)のねはいかが侍りつる」とありしかば「かの大極殿の琵琶のねとかやのやうにいづくまでもくもりなくこそ」と申し給ふも、げにかぎりなくて弁内侍、いにしへの 雲井にひびく 琵琶の音にひきくらべても なほかぎりなし

文机談 「二四 清暑堂の御神楽」 僧隆円



■古楽書等に名を残す琵琶の独奏曲

「流泉」・「啄木」・「楊真操」等が有名ですが、これらの楽曲はみな、長い年月の中で伝承は途絶えています。現在では平安朝~殿上人の秘曲/東京楽所等の音源で復元・創作された、これら楽曲の演奏を聴くことが出来ますが、現在の雅楽合奏では見られないようなさまざまな技法、奏法で演奏されています。
古来より琵琶の奏者は、吉備真備、蝉丸、平経正など名手といわれた人も多く、また多くの名器が古典文学に登場してます。

古記録にある楽器の銘と持主

●玄上・・・・・・村上天皇
●玄象・・・・・・仁明天皇
●牧馬・・・・・・醍醐天皇
●元興寺・・・・後冷泉天皇 ・・・等々



参考文献
(『雅楽鑑賞』押田良久 文憲堂 1987)
(『雅楽辞典』小野亮哉・東儀信太郎 音楽之友社 2004)
(『五線譜による雅楽総譜 巻一〜四』芝祐泰 カワイ楽譜 1972)
(『釋名』劉煕撰/愚若点校 中華書局 2020)
(『新版枕草子』石田穣二訳注 角川文庫 1088)
(「文机談全注釈」岩佐美代子 笠間書院 2007)

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