龍笛(りゅうてき)

りゅう‐てき【竜笛】
雅楽用の竹製の横笛。長さ約40センチ、内径約1.3センチ、指孔7個で、大きさ・音色とも神楽笛と高麗笛(こまぶえ)の中間。唐楽・催馬楽(さいばら)などに用いる。横笛(おうてき)。りゅうてき。

大辞泉(小学館) より



龍笛の演奏

-春鶯囀遊声-


 

 龍笛とは雅楽の楽器で、その本体を横向きに構えて吹奏する管楽器です。龍笛は古代中国より伝来した楽器とされてます。雅楽の演奏においては「唐楽」「左方舞」「朗詠」「催馬楽」さらには「国風歌舞」等に用いられ、篳篥と同じく旋律を担当しています。
 横笛または単に笛と称することも多く、古くは竜吟・竜鳴とも称されました。これら美名の由来は「教訓抄」等古楽書に記されています。

「昔竜ノナキテ海ニ入ニシヲ聞テ、又此ノ音ヲ聞バヤト恋ヒワビシホドニ、竹ヲウチ切テ吹タル音、スコシモタガハズ似タリ。始ハ穴五ヱリタリキ、後ニ七ニナス。此故ニ笛ヲ竜鳴云」

「教訓抄巻第八」(『日本思想体系』-岩波書店)


 龍笛は、内部に漆を重ねた竹製の本体に、歌口と呼ばれる息を吹き込む穴と、7つの指穴が施されています。全長は40cm程度の長さで、表皮を削り、表面のほとんどの部分が樺や藤の蔓による「巻き」が施されています。また頭の先には赤地の絹が施されているものが多いのですが、これは左方の舞の衣装の色に合わせているのでしょう。 この楽器は後世に生み出された「能管」のモデルでもあります。
 龍笛は洋楽器の「フルート」と同じエアリードの楽器ですから、息使いの違いによって基本的に同じ運指でも一オクターブ上下の音を出すことができ、音域は豊です。ただフルートの音域は3オクターブあるのに対して龍笛は2オクターブ程度であり、現行の古典作品ではこの音域を超える楽曲はありません。
 龍笛は発声の際に鋭く息を吹き込むことで、その美名の如く龍の嘶きのような独特の音が表現できます。優れた奏者による倍音に彩られた独特のフォルテシモのような奏法は、龍笛の大きな魅力の一つです。

※フルートの3オクターブ目以上の音域は、2オクターブ目以前の音域と運指は異なります。

孔名(指穴名)は管の尾から順に

「ン」(ジ)
「テ」(カン)
「五」(ゴ)
「丄」(ジョウ)
「タ」(シャク)
「中」(チュウ)
「六」(ロク)

 と呼び名があります。 運指の形もそれぞれの孔名と同じ名称を用いますが、その場合は孔名の指孔(穴)を開け、直前までの指孔を閉じたた形を基本としていますが「丁」等、孔名に無い運指もあります。また古典の演奏では用いませんが、全ての指孔を閉じた形は「口」と呼びます。

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※雅楽で用いる運指は上記の他に、「口」クチロクや「由」ユリ、経過音の「折指」オリユビなどもあります。

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■■■ 龍笛の演奏技法 ■■■

 遠くまで鳴り響く音色と、2オクターブの声域を持つ龍笛には様々な演奏技法があります。龍笛の譜(明治撰定譜)には指定箇所に記されている演奏記号もありますが、龍笛演奏の伝承は古来より口伝が前提であったためか、基本的に定められた記号の表記はありません。
 また龍笛は、古典楽曲では冒頭で指定されている独奏部分(音頭といいます)のパートを担当しています。さらに楽曲によっては龍笛のみの曲もあり、雅楽演奏の中での役割はとても重要です。龍笛奏者の力量は、合奏全体を左右するとも言えるのではないでしょうか。
 龍笛はエアリード楽器であるフルートと同様、同じ運指でも息使いによって、オクターブ上下の音を出すことができます。けれども構造上の理由で、息の強弱や指穴の空け具合、歌口にあてる口の角度などによって、音高が上下します。この音のゆらめき(ポルタメント)を用いて行う演奏技法もあります。
 龍笛は他の日本の吹奏楽器と同様、吹奏ではタンギングを用いません。また龍笛の指穴は指先ではなく、第二関節付近、または第一関節〜第ニ関節あたりで押さえます。 




■演奏記号・技法 
 
●掛吹(かけぶき)
 いわゆるアウフタクトで、楽曲中にその箇所が指定されています。小節(小拍子)の前に入る弱起で、いくつかの種類があります。定められた演奏記号はありませんが、掛吹の指定箇所にはカナ譜に記されているものが多いです。

掛吹の例
唱歌 手付 音声
『 ト
『 フ()
『 ヒィ
『 ツ
『 チ

 
●たたく 
 空いている指穴を、はじくような感じで一瞬のうちに押さえて離し、装飾音を出します。演奏記号は『〃』です。
 
●由(ゆり)
 出している音を一時的に半音程下げ上げする奏法です。現行では龍笛の由は3種あり、運指によってそれぞれの押さえ方があります。演奏記号は『由』です。

 ・「テ」の由 ・・・E → E♭
 ・「丅」の由 ・・・C♯ → C
 ・「六」の由 ・・・D → C♯
 
●折指(おりゆび)
 「中」から「夕」への運指移行の際に半音を加える奏法で、経過音の一種です。人によってニュアンスの違いはありますが、「鸞鏡」(B♭)の音が間に入ります。譜記・演奏記号はありません。

 ・B → B♭ → A
 
●動(うごく)
 ある音から一音上へと移行し、またもとの音に戻る旋律の際、ポルタメントで行う奏法です。指で穴をなぞるようにしながら徐々に空けていき、そして再び指で穴を閉じるといった技術です。龍笛には以下のような種類があります。演奏記号は『動』です。

例(唱歌)
 ・「トラィヤアロ」(皇麞急)
 ・「トホㇶタ」(五常楽急)
 ・「タルㇻロㇼョ」(双調颯踏)
 
●押す、アテル
 ある音が数拍続くフレーズで、主に奇数拍において息や吹き込みの角度を変化させて吹奏し、旋律にアクセントを与える技法です。譜記・演奏記号はありません。
  
●経過音
 ある音から音への移行の際に、その中間の音を間に添える奏法です。この奏法によって、メロディーがやわらかくなります。折指も経過音の一つです。譜記・演奏記号はありません。古典演奏では以下のパターンがあります。

  例:「中」→「タ」・B → B♭ → A(折指)
    「中」→「六」・B → C → D
    「丄」→「六」・G → C → D
    「六」(セメ)→「六」(フクラ)・D → C → D

などの運指の際に用いられます。
 
●ユルメル
 レガートに音を上下させる奏法です。龍笛では「延」の楽曲冒頭や、乱声の最後の音の装飾で用いられますが、奏者は指や息使いで表現します。譜記・演奏記号はありません。
 

※上記内容・音源の奏法は一例です。奏法は演奏団体、または師事される先生によって名称・呼び方、また解釈の違いがありますのでご注意ください。

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■古典文学に登場する龍笛

●枕草子
 古典文学に見られるように、龍笛という名称はこの楽器の美称で、古代では一般的に「笛」や「横笛」(おうてき)と呼ばれていたようです。

『笛は横笛、いむじうをかし。遠うより聞ゆるが、やうやう近くなりゆくも、をかし。近かりつるが、遥かになりて、いとほのかに聞ゆるも、いとをかし。車にても、徒歩(かち)よりも馬(むま)にても、すべて懐にさし入れて持たるも、なにとも見えず、さばかりをかしきものはなし。まして、聞き知りたる調子などは、いみじうめてたし。暁などに、忘れて、をかしげなる、枕のもとにありける、見つけたるも、なほをかし。人のとりにおこせたるを、おし包みてやるも、立文(たてぶみ)のやうに見えたり。』

枕草子 第207段(岩波書店)


●十訓抄
 夜と月明かりが良く合う、龍笛にまつわるエピソードは古典文学に豊富です。
『博雅三位、月あかゝりける、夜なをしにて、朱雀門のまへにてあそびて、よもすがら笛をふかれけるに、おなじさまなる人きたり、笛をふきけり。 誰ならむとおもふほどに、その笛の音、このよにたぐひなくめでたくきこへければ、あやしくちかくよりて見れば、いまだ見ぬ人なりけり。われも物もいはず、れも物もいふ事なし。かくのごとく、月よごとに行あひて、ふく事よごろに成ぬ。 彼人の笛の音、ことにめでたかりければ、心みにかれをとりかへて吹けるに、 世になきほどの笛なり。』

十訓抄(岩波書店)




参考音源:幻奏舎
参考文献
(『雅楽鑑賞』押田良久 文憲堂 1987)
(『雅楽辞典』小野亮哉・東儀信太郎 音楽之友社 2004)
(『五線譜による雅楽総譜 巻一〜四』芝祐泰 カワイ楽譜 1972)
(『新版枕草子』石田穣二訳注 角川文庫 1088)
(『十訓抄』永積安明 岩波文庫 1942)