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こま‐ぶえ【高麗笛/狛笛】
雅楽に用いる楽器の一つで、竹製の横笛。長さ約36センチ、内径約1センチ。指孔6個で、鋭く高い音を出す。高麗楽や東遊(あずまあそ)びに用いる。細笛(ほそぶえ)。大辞泉(小学館)
高麗笛(こまぶえ)は狛笛とも表記し、雅楽の演奏においては「高麗楽・右方舞」「東遊」等に用いられ、篳篥と同じく旋律(副旋律)を担当しています(※平安時代では高麗笛とは別に東遊の笛(中管)というものがあり、東遊の演奏時にはそれを用いていました)。
高麗笛の構造は龍笛と同じですが、全体の長さはだいたい33〜40cm程で、内径は約1cm。指孔は6つあります。龍笛に比べると、小さくて細身の横笛です。そのため音は鋭く高く、とてもクリアで、龍笛よりも長二度高い音域をもっています。
管の表面は、伝統的に竹の表皮をそのまま用いているものと、龍笛と同じく削っているものとあります。頭の先は青地(緑色)の絹が施されているものが多いですが、これは右方の舞の衣装に合わせているのでしょう。
高麗笛は他の横笛と同じく、同じ運指でも息の違いで1オクターブ違う音を発声させることができ、基本的に計2オクターブの前後の音域を保持しています。下の音域を「和」(フクラ)、上の音域を「責」(セメ)と呼びます。
古典雅楽では、この2オクターブを越える音域を用いる楽曲はありませんが、現代音楽作品等(古代の復元曲等も)ではこの限りではありません。
孔名(指穴名)は管の尾から順に、
「テ」(カン)
「五」(ゴ)
「丄」(ジョウ)
「タ」(シャク)
「中」(チュウ)
「六」(ロク)
と呼びます。 運指の形もそれぞれの孔名と同じ名称を用いますが、その場合は孔名の指孔(穴)を開け、直前までの指孔を閉じたた形を基本としていますが、「丁」等孔名に無い運指もあります。また全ての指孔を閉じた形は「口」(ク)と呼びます。
※現行の古典楽曲では、「口」の運指を用いることはありません。
※雅楽で用いる運指は上記の他に、「由」や経過音の「折指」などもあります。
■■■高麗笛の奏法■■■
龍笛同様、高麗笛は2オクターブの声域を持ちます。雅楽合奏の中では、篳篥と同じく旋律を担当しています。また高麗笛を用いるジャンルの楽曲では、冒頭で指定されている独奏部分(音頭といいます)のパートを担当しています。また高麗楽では篳篥との二重奏の曲もあり、高麗笛の第一奏者(主管)の力量は高いレベルが要求されます。
■高麗笛の奏法例
●掛吹(かけぶき)
いわゆるアウフタクトです。小拍子(小節)の前に入る弱起で、いくつかの種類があります。
●たたく
空いている指穴を、一瞬のうちに押さえて離します。はじくような感じで出す装飾音です。
●由(ゆり)
出している音を一時的に半音程下げ上げする奏法です。由は運指によって、それぞれの押さえ方があります。
●折指(おりゆび)
「中」から「夕」への運指移行の際に行う奏法で、経過音の一種です。人によってニュアンスの違いはありますが、「神仙」の音が間に入ります。
●動(うごく)
ある音から一音上へと移行し、またもとの音に戻る旋律の際、ポルタメントで行う奏法です。指で穴をなぞるようにしながら徐々に空けていき、そして再び指で穴を閉じるといった技法です。
●押す、アテル
ある音に対して、フォルテのように息でアクセントを与える奏法です。基本的には龍笛と同様の技法で行いますが、管経の細い高麗笛は龍笛程強く表現しようとすると、発声が裏返ってしまいます。龍笛とは少々違った技術が必要です。
●経過音
ある音から音への移行の際に、その中間の音を間に添える奏法です。この奏法によって、メロディーがやわらかくなります。折指も経過音の一つです。古典演奏では折指以外その他に、以下のAパターンがあります。
@
「中」→「六」
A
「丄」→「六」
■高麗笛の登場する古典物語
古典物語には横笛という表記で登場することが多く、龍笛のことなのか高麗笛のことなのか、区別がつかない場合が多いのですが、「源氏物語」にはめずらしくも、光源氏が贈与の品として重んじて、蛍宮や太政大臣(頭中将一)に贈っている高麗笛の描写がありますので、以下に記します。
・・・御贈り物に、すぐれたる和琴一つ、好みたまふ高麗笛添へて。紫檀の箱一具に、唐の本ども、ここの草の本など入れて。御車に追ひてたてまつれたまふ。御馬ども迎へ取りて、右馬寮ども、高麗の楽して、ののしる。六衛府の官人の禄ども、大将賜ふ。御心と削ぎたまひて、いかめしきことどもは、このたび停めたまへれど、内裏、春宮、一院、后の宮、次々の御ゆかりいつくしきほど、いひ知らず見えにたることなれば、なほかかる折には、めでたくなむおぼえける。源氏物語「若菜上」
また上記の巻の女楽終了後に源氏が女三の宮二から贈られた高麗笛を吹奏した時には、退出しようとしていた夕霧が立ちどまって息子の持っていた笛を取り、すばらしい音色で合わせているという描写もあります。
・・・横笛の君には、こなたより、織物の細長に、袴などことことしからぬさまに、けしきばかりにて、大将の君には、宮の御方より、杯さし出でて、宮の御装束一領かづけたてまつりたまふを、大殿、「あやしや。物の師をこそ、まづはものめかしたまはめ。愁はしきことなり」とのたまふに、宮のおはします御几帳のそばより、御笛をたてまつる。うち笑ひたまひて取りたまふ。いみじき高麗笛なり。すこし吹き鳴らしたまへば、皆立ち出でたまふほどに、大将立ち止まりたまひて、御子の持ちたまへる笛を取りて、いみじくおもしろく吹き立てたまへるが、いとめでたく聞こゆれば、いづれもいづれも、皆御手を離れぬものの伝へ伝へ、いと二なくのみあるにてぞ、わが御才のほど、ありがたく思し知られける。源氏物語「若菜下」
参考文献
(『雅楽鑑賞』押田良久 文憲堂 1987)
(『雅楽辞典』小野亮哉・東儀信太郎 音楽之友社 2004)
(『五線譜による雅楽総譜 巻一〜四』芝祐泰 カワイ楽譜 1972)
(『源氏物語 付現代語訳 玉上琢弥注 角川書店 1964)