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しょう【笙】
雅楽に用いる管楽器の一。匏(ほう)の上に17本の長短の竹管を環状に立てたもので、竹管の根元に簧(した)、下方側面に指孔がある。 匏の側面の吹き口から吹いたり吸ったりして鳴らす。奈良時代に唐から伝来。 笙の笛。鳳笙(ほうしょう)。鳳管。そう。
大辞泉(小学館) より
笙は雅楽で用いられる楽器で、鳳笙(ほうしょう)という美名があり、音色・姿共にとても美しい楽器です。 美名の由来は、鳳凰が翼を立てた姿に、形が見立てられたこととされています。
笙は「かしら」と呼ばれる部分の上に17本の細い竹管が円形に差し込まれ、それを銀色の帯で束ねた構造となっています。竹管の内、15本には響銅(さわり)という合金で作った簧(した)と呼ばれるリードが施されています。
吹奏時にはそれぞれの管の先に空けられた小さな指穴(屏上)を押さえながら、かしらの吹口より息を吸ったり吹いたりして、音を発声させます。発声原理はハーモニカと似ていますが、笙では吹いても吸っても同じ音が発声します。17本の竹管には、以下の名前が付けられています。
「千」(セン)
「十」(ジュウ)
「下」(ゲ)
「乙」(オツ)
「工」(ク)
「美」(ビ)
「一」(イチ)
「八」(ハチ)
「也」(ヤ)
「言」(ゴン)
「七」(シチ)
「彳」(ギョウ)
「上」(ジョウ)
「凢」(ボウ)
「乞」(コツ)
「毛」(モウ)
「比」(ヒ)
※「彳」は「行」の略字。現行では「行」で記されている譜本もあります。
▼笙の図と名称
竹管の名称と音高は上図の通りで「也」と「毛」には簧がなく、音は発生しません。
笙の音の最大の特徴は、上記の竹管の指孔を数ヶ所同時に押さえることによって、和音を奏でられることです。朗詠・催馬楽といった歌曲での奏法は単音(一竹)での演奏ですが、器楽演奏では主に和音(合竹)で演奏します。合奏の中で笙は、篳篥・龍笛の奏でる旋律を包みこみような和音を奏でることにより、雅楽独特の透明感のある、優美な空間を創り出します。
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▼笙の合竹と運指(合奏曲で用いる和音)
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上記の11種の合竹(和音)は主に合奏楽曲で用いられますが、笙の合竹にはさらに「音取」「調子」「入調」という曲で奏される、特殊な合竹(特殊な和音)があります。 「音取」「調子」「入調」の曲は各調子にあり、本来は独奏曲だと思われる楽曲ですが、現行の雅楽では主に演奏曲の冒頭で、または舞楽の舞人の入退場の際に用いられ、演奏されています。
▼特殊和音の合竹と運指(調子等で用いられる和音)
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※上記4種は、合奏曲合竹とは異なった譜字(混合譜字)で表されます。
▼特殊和音(合奏合竹と同じ譜字の特殊和音)
※上記は繁留した音律に、主要和音を可能な範囲で載せて構成された和音です。
ところでこの合竹の音律構成ですが、三度の音の積み重ねが和音の基礎となっているポピュラー音楽からみると、一見無造作に充てられているように思えます。しかしこの和音は、きちんと雅楽々理に従った理論の下に構成されています。詳細は雅楽界第45号・46号(小野雅楽会)に記載されている論考、(芝祐秦「笙の和音的解明」上/下)等で考察されていますが、このサイトでも解説しています。
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■■■ 笙の奏法 ■■■
笙には2種類の発声があります。
いっちく
●一竹
笙の単音での発声を「一竹(吹)」といいます。朗詠や催馬楽といった歌謡種目では他管楽器同様、歌の旋律をなぞる様に単音での吹奏がなされています。この際の奏法が一竹吹です。また 「音取」や「調子」といった楽曲では、一竹(単音)と合竹(和音)との組み合わせによって、その調べが構成されています。
あいたけ
●合竹(相竹)
「合竹」とは、笙における和音での発声をいいます。この奏法は管絃や舞楽演奏において用いられ、他の楽器にはない笙の特徴を発揮させることのできる奏法です。 笙の合竹によって構成される和音は、ポピュラー音楽のコードの概念とは違ったものであり、またコードのように多くの種類があるわけではありません。
※代表的な合竹(和音)
十・下・乙・一・彳・美・工・凢・乞・比
通常の曲では上記10種と、十の変化版の僅か11種類ですが、さらに「調子」「入調」などの曲でのみ用いられる特殊な合竹(特殊和声)がいくつかあります。
はる・はり
●張
現行の演奏では笙は、小節の第一拍目は弱音で発声し、小節の後半に向かってクレッシェンドするように次第に強く吹奏します。このクレッシェンドすることを「張」といいます。
おぜぶき
●於世吹き
一小節の中に複数の合竹がある場合、基本的に一息の中で合竹の変更は行われます。けれども「陵王」や「皇麞急」といった幾つかの楽曲では、一小節中であっても合竹が変わる毎に、着替と張を行う箇所があります。この着替と張の行い方を「於世吹き」といいます。
一小節の中に複数の和音が表記されている場合、楽譜には合竹同士に縦の墨線が引かれています。墨線の記載の無い箇所では於世吹きを行います。
てうつり
●手移り
現行の演奏ではある合竹から合竹へと和音を変化させる際、一斉に次の合竹へと変化させる訳ではなく、高音より順に音を変えていくという決まったルールがあります。このルールにおける運指のことを「手移り」といいます。 笙の演奏は基本的に、この手移りのルールに従って行われます。 以下に手移りの順序を記載します。
▼合竹の手移り手順一覧
▼笙譜における符号(音楽記号)
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註)
内容は「楽家録」巻一(覆刻日本古典全集)第三十二『音取及調子之譜註』を意訳し、筆者の解釈を加えて記しています。
※1...音取では黄鐘調、盤渉調に記されていますが、その箇所で絶音していません。この符号古譜の名残であり、現行では機能していないものと考えています。
※2...他の楽器でも「火」の符号はあり、「火急」(素早く行う)の意で用いられています。ただし笙では意味が違っており、「楽家録」では「火」は強く、「由」は弱く吹くと記されています。
「楽家録」巻一(覆刻日本古典全集)第三十七『譜面火由二字之説』より。
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■笙の記載がある古典文学
●枕草子
天から差しこむ光を現す...これは近年になって、あらわされるようになった笙の音の喩えですが、確かに笙独特の優美な和音の音は「天の光」そのものです。また雑音のなかったであろう古代の夜は、笙の音は月光とよく溶け合っていたことでしょう。
『笙の笛は、月の明かきに、車などにて聞き得たる、いとをかし。 所狭く、持てあつかひにくくぞ身ゆる。さて、吹く顔やいかにぞ。 それは、横笛も、吹きなしなめりかし。』枕草子二百七段 清少納言
平安後期の説話集「江談抄」には、面白い名の笙が登場します。「不々替(いなかへじ)」という名の笙ですが、これはこの高名の笙を売ろうとする唐人に千石で買おうと言うと「いや、替えたくない(不、不替)」と言ったことから、それをとって名にしたといわれています。「枕草子」にはこの逸話を踏まえた話が載っています。
『淑景舎などわたり給ひて、御物語のついでに、「まろがもとにいとをかしげなる笙の笛こそあれ。 故殿の得させ給へり」との給ふを、僧都の君の「それは隆圓にたうべ。おのれが許にめでたき琴侍り、それにかへさせ給へ」と申し給ふを、ききも入れ給はで、猶他事をのたまふに、答させ奉らんと數多たび聞え給ふに、なほ物のたまはねば、宮の御前の「否かへじとおぼいたるものを」との給はせけるが、いみじうをかしき事ぞ限なき』 この御笛の名を、僧都の君もえ知り給はざりければ、ただうらめしうおぼいためる。これは、職の御曹司(しきのおんぞうし)におはしまいしほどの事なめり。上の御前に、いなかへじといふ御笛のさぶらふなり...。枕草子八十九段 清少納言
参考文献
(『雅楽鑑賞』押田良久 文憲堂 1987)
(『雅楽辞典』小野亮哉・東儀信太郎 音楽之友社 2004)
(『五線譜による雅楽総譜 巻一〜四』芝祐泰 カワイ楽譜 1972)
(『新版枕草子』石田穣二訳注 角川文庫 1088)