朗詠(ろうえい)


朗詠とは、雅楽のジャンルの一つで、謡物と呼ばれる声楽曲のことです。楽曲はメロディアスな旋律ではありませんが、独特の抑揚をもった、しっとりとした雅楽風の旋律で、漢詩にそのメロディーをのせて謡うのが朗詠です。

ろう‐えい【朗詠】 1 詩歌などを、節をつけて声高くうたうこと。吟詠。「人麿の歌を―する」 2 平安中期から流行した歌謡で、漢詩文の一節を朗吟するもの。中世以降、雅楽化された。詞章となる詩歌を収めたものに「和漢朗詠集」などがある。

大辞泉(小学館)より





■あらまし

記載のうち、2がいわゆる雅楽の朗詠です。古代の歌謡全般を指して郢曲(えいきょく)とも呼びますが、朗詠と同じ意味で用いられることもあります。

朗詠は一部の楽曲を除いて、構成は揃えられています。曲にした漢詩を「一の句」・「二の句」・「三の句」と3つの部分に分けており、それれの句は「句頭」(くとう)とよばれるソリストによる独唱からはじまり、付所(つけどころ)とよばれる箇所より歌方全員で斉唱、管方による楽器の吹奏が加わります。

特徴のあるのは「ニの句」の独唱部分です。旋律が高音域のため、句頭の人はかなりハイトーンの音域で謡うことを要求されます。人によっては謡うことが困難であるため、「ニの句が継げない」という言葉の語源にもなっています。

伴奏楽器の編成は笙、篳篥、龍笛のそれぞれ一管立です。管絃と違って笙は和音は奏さず、単音(一竹)または甲乙音で吹奏します。また朗詠は雅楽の中の他のジャンルには見られない、「演奏する曲の調子(key)が決まっていない」という特徴もあります。

現在は盤渉調・壱越調・平調の3種類の調子での演奏が行われており、唱者(特に二の句の句頭)の声域によって調子を定めるようです。当然、伴奏する楽器もその調子によってKeyを変える訳ですが、この概念は管絃の「渡物」とは違ったもので、いわゆるポピュラー音楽の「移調」と同じものです。

■源家・藤家の二流

朗詠の始祖は、宇多天皇の孫にあたる源雅信とされていますが、この雅信の流祖とする「源家」と、藤原公任、藤原基俊などの流派である「藤家」の二流により、それぞれの作法や譜が伝えられました。時代が下るとこの二流儀は、楽道を家業とする堂上公家に伝えられていきました。

催馬楽師伝相承

平安末期には藤原師長によって「朗詠二百十首」が編纂され、また室町初期には洞院満季による「朗詠百三十首」の譜が書筆されたように、朗詠曲は当時はかなりの曲目があったようです。以降、長い年月の間の出来事と、明治9年と明治21年の明治撰定により、現行の朗詠曲は15曲です。

 朗詠は漢詩漢文の佳句を愛誦することに興り、左大臣源雅信公(敦実親王皇子宇多天皇御孫919〜993)が左大臣を辞する表(菅三品文時卿作)に秀句あり、雅信公之を吟詠された故事により、この大臣を朗詠の始祖としている。
 後に源家藤家の二流を成して九十首を定めたが、次第に句数を増して源家は百余藤家は二百句を詠じた。そして洞院、綾小路、持明院などの堂上家にて之を伝え、洞院入道前内府満季(洞院七代内大臣1424〜1426)筆の「朗詠百三十首」の譜(文安5年4月19日写本1448)も現存し、明治以来(1868)は綾小路有良(元子爵1906卒)より現宮内庁楽部員(元地下楽人)に伝えられた。
(「五線譜による雅楽総譜 歌曲編」芝祐泰-カワイ出版-)





●明治9年の撰定曲

 かしん
■嘉辰...(和漢朗詠集 祝より)
「嘉辰令月歓無極 万歳千秋楽未央」

 とくはこれ
■徳是...(新撰朗詠集 帝王より)
「徳是北辰 椿葉之影再改 尊猶南面 松花之色十廻」

 とうがん
■東岸...(和漢朗詠集 早春より)
「東岸西岸之柳 遅速不同 南枝北枝之梅 開落已異」

 いけすずし
■池冷...(和漢朗詠集 夏より)
「池冷水無三伏夏 松高風有一声秋」

あかつきりょうおう
■暁梁王...(和漢朗詠集 雪より)
「暁入梁王之苑 雪満群山 夜登庾公之楼 月明千里」

 こうよう
■紅葉...(新撰朗詠集 紅葉より)
「紅葉又紅葉 連峯之嵐浅深 蘆花又蘆花 斜岸之雪遠近」

 はるすぎ
■春過...(和漢朗詠集 丞相より)
「春過夏闌 袁司徒之家雪応路逹 旦南暮北 鄭大尉之渓風被人知」




●明治21年の撰定曲

 じせい
■二星...(和漢朗詠集 七夕より)
「二星適逢 未叙別緒依々之恨 五更将明 頻驚涼風颯々之声」

 しんぽう
■新豊...(和漢朗詠集 酒より)
「新豊酒色 清冷於鸚鵡之盃中 長楽歌声 幽咽於鳳凰之管裏」

 しょうこん
■松根...(和漢朗詠集 子日より)
「倚松根摩腰 千年之翠満手 折梅花挿頭 二月之雪落衣」

 きゅうか
■九夏...(和漢朗詠集 松より)
「九夏三伏之暑月 竹含錯午之風 玄冬素雪之寒朝 松彰君子之徳」

 いっせい
■一声...(和漢朗詠集 管絃より)
「一声鳳管 秋驚秦嶺之雲 数拍霓裳 暁送山之月」

 たいざん
■泰山...(和漢朗詠集 山水より)
「泰山不譲土壌 故能成其高 河海不厭細流 故能成其深」

はなじょうえん
■花上苑...(和漢朗詠集 花より)
「花明上苑 軽軒馳九陌之塵 猿叫空山 斜月瑩千巌之路」




●明治撰定譜以外の現行曲

 じっぽう
■十方...(和漢朗詠集 仏事より)
「十方仏土之中 以西方為望 九品蓮台之間 雖下品応足」




参考
※【和漢朗詠集/倭漢朗詠集】わかんろうえいしゅう
平安中期の詩歌集。2巻。藤原公任撰。長和2年(1013)ごろの成立か。朗詠に適した白居易などの漢詩文の秀句約590首と紀貫之(きのつらゆき)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)などの和歌約220首を、四季・雑に分類して収めたもの。

※【新撰朗詠集】しんせんろうえいしゅう 平安後期の詩歌集。2巻。藤原基俊撰。鳥羽天皇のころ成立か。朗詠用の和歌・漢詩を集め、和漢朗詠集に倣って編集したもの。新撰和漢朗詠集。

大辞泉 (小学館)